東チベット旅行記③ゴンロン寺趾
- soi55msg
- 5月7日
- 読了時間: 3分
更新日:5月16日
【前回までの話】
東チベット旅行記①西寧→ジェクンド→ナンチェン
東チベット旅行記②タナ寺温泉
翌日、朝ごはんを食べた後、宿のおじさんが、ゴンロンに行く車が来たから来い、というので、荷物をまとめて行ってみると、温泉の前にやって来た車はまさかのごみ収集車だった。おじさんがごみ収集車のドライバーに尋ねると、助手席は埋まってるから、ゴミを載せる荷台ならいい、とのこと。
荷台の中は空で、実際にゴミ収集車として使われていないのではないかと思えるほど、きれいで、でかいフタを開けたままにしていたら、外の風景も大パノラマで拝めそうだ。僕は荷台のあおりの外に指を出してつかまっていたが、車に動き出すと、天井にぶら下がった鉄製のフタが、ぐわんぐわん揺れ出した。僕は嫌な予感がして、手を引っ込めて後ずさった次の瞬間、バタンと耳を切り裂くような大きな音がして、フタが閉まった。もし手を外に出していたら、指がほぼ全部切断されていただろう。
それにしても、ごみ収集車のゴミが載る部分に乗る機会なんて、人生の中でもそうなかなかあることじゃない。おそらく、載せるものがゴミなので、サスペンションが付いてないんじゃなかろうか。僕は荷台の中で、縦横無尽に、ピンポン玉のように打ち付けられそうになりながらも、30分ほど必死で壁にしがみついて堪えた。
途中、助手席の人とポジションを交代してもらい、窓の外は、草原の中をヒマラヤマーモットがウロチョロしているのどかな風景が広がっていたが、助手席のおじさんが今頃ピンポン玉になっているだろうことを想像すると、とても忍びない気持ちになった。

ゴンロンの村役場の前で、僕は降ろされた。村役場は食堂も兼ねていて、10人くらいの警察官が昼食を食べていた。僕も混ぜてもらった。昼食を食べながら、ゴンロン寺の跡地に行きたいことを話すと、そのうちの若い警官三人がバイクで連れて行ってくれるという。
昼食後、そのままバイクに乗せてもらい、ゴンロン寺跡地へ向かった。このあたりは、冬虫夏草の産地で、6月は収穫期で各地から出稼ぎ労働者が集まってくるのだとかで、争いことも起きるから、警察官が総出で巡回パトロールをしているらしい。なお、彼らも空き時間に冬虫夏草を採って小遣い稼ぎをしているとのことだった。
バイクで川沿いの谷間を遡ること10分、彼らは丸太を柵上に繋いで作った原始的な橋の前でバイクを止めた。この橋を渡ったところに寺院跡があるらしい。

橋を渡ると、山の斜面に怪しい家?があり、ここにアムチ(チベットの伝統医)が住んでいるという。我々はその家に入ってアムチに挨拶をした。アムチはけっこう高齢のおじいさんだった。ついでに、問診をしてもらった。チベットでは、手首の脈を触診する。おじいさんは全員の手首を触診して、それぞれ薬の粉を新聞紙に包んでくれた。
その後、我々は外に出て山の斜面を上がり、寺院の廃墟を散策した。半世紀も経っているため、ほとんど何も残っていなかったが、建物の土台と壁が残っている場所やオンマニペメフンという、チベット人がよく唱える観音菩薩の真言が刻まれている岩があった。
我々は山の斜面で一服して、谷を眺めると、遠くの方で雨が降っている。チベットでは、雨が美しく降る様子を「花の雨が降る」と形容するのだが、まさに花の雨が降っているような、そんな景色だった。

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